判断基準に関する質問

判断基準 うつ病の判断基準

関係のテレビCMなども放送されていますが、鬱病というのは判断基準があるのでしょうか。単に精神的に落ち込んでいる状態なのか、病気としての鬱なのか、どうやって判断するのでしょうか。何か明確な判断基準が存在するの

  うつ病の判断基準の詳細


判断基準 食器の交換時期と判断基準

、見る人によってその判断基準も違います。またそれがほんの少しの状態の場合、判断が難しいと思われます。今回会議の中で、スタッフに周知できるような案を明確にしないといけないらしく、統一された判断基準やその方法(ダメな見本

  食器の交換時期と判断基準の詳細


判断基準 製品ライフサイクルの各段階の見極めの判断基準を教えてください

ったと判断するのは、何を基準にして判断するんですか?そのとき、数字を基準にする場合、導入期から成長期に変わった判断基準は何ですか?同様に、成長期から成熟期の変わり目、成熟期から衰退期の変わり目がわかる基準を教え

  製品ライフサイクルの各段階の見極めの判断基準を教えてくださいの詳細


判断基準 法律に詳しい方 お願いします

国家行為の合憲性判断基準 ってなんですか?裁判所の合憲性審査基準 とどう違うのですか?

  法律に詳しい方 お願いしますの詳細


判断基準 (心療内科)医と悪い精神科(心療内科)医の判断基準を教え

ているお医者さんが、良い精神科(心療内科)医なのか、悪い精神科(心療内科)医なのか、どうやって判断したら良いか迷っています。皆さんは、どんな判断基準をお持ちですか?また、もしよろしければ、今まで変え

  (心療内科)医と悪い精神科(心療内科)医の判断基準を教えの詳細


判断基準旅行記

台湾旅行記4(1):11月21日(1)出発・龍山寺、華西街夜市、士林夜市(by 旅人のくまさんさん)

判断基準
<旅行計画>
 今回のグループ旅行は紆余曲折しました。最初はキャンセル待ちでベトナム旅行を計画していましたが、ぎりぎりになっても成立しませんでした。それで、こちらは諦めることとして、日程が確実な台北旅行に振り替えました。折角予定した旅行ですから、こちらも駄目な場合は、押さえに韓国旅行の話も視野に入れておきました。
 期日も中々決まりませんでしたが、結局11月21日の日曜日出発23日の火曜日帰国の2泊3日となりました。23日は勤労感謝の日ですから、一日の休暇で済むことになります。延泊の話もありましたが、これは、残念ながら実現しませんでした。

<旅のメンバー>
 旅のメンバーは、私を含めて4名です。いつものMuさんと、韓国旅行でご一緒したKtさん、そして今回が初めてご一緒させていただくKwさんです。
 旅行に先立って2回ほどの打合せをしました。正確に言えば、打合せと言う名目の飲み会です。1回目は名古屋の金山です。この時は、主にKtさんのご希望を聞きました。「何としても台湾に来たい」がKtさんの希望でした。2回目は岡崎での打合せでした。この時は、Kwさんを含めて、総勢4名でした。今回の旅行のフルメンバーです。台湾旅行が決定した後でした。
 岡崎での打合せには、この年の旅行記をプレゼント用に持参しました。3月の台北・基隆旅行記、6月のフランス旅行記などです。10月から11月初めにかけての上海・杭州旅行記は作成途中でした。今回の旅行記も出来上がったら皆さんにプレゼントする約束をしておきました。
 その手造り本の作成が、つい、延び延びになって年を越しました。全く申し訳ありません。

<台北旅行のポイント>
 飲み会での話です。最終決定ではありませんでしたが、「旅行社を使ってオールフリータームの計画にする」ことのほか、「台北をメインに近郊の見学をする」等でした。
 その後、Muさんともメールや電話で打ち合わせた結果、「ホテルはMRTの利用が便利なハワードプラザを利用、近郊の観光地は烏来(ウーライ)に行く」などを決めました。
 この計画ですと、私の場合、ハワードプラザホテルの宿泊は3回目ですし、MRTの利用方法も何度も経験していますから、皆さんをご案内するにも支障がないと判断しました。晩酌では、私の行きつけのお店「伝統」へのご案内も簡単です。
 旅行予約は、纏めてMuさんにやって頂くことにしました。岡崎のHI*のお店です。パスポートなどの必要情報は、Eメールを使ってMuさんにお送りしました。一応コース名は付いていました。「日本アジア航空で行く 気軽に台北3日間」でした。

<私の旅のテーマ>
 台北旅行の私のテーマは、故宮博物館の見学です。65万点以上とも言われる中国の至宝が、半年に1回の展示入れ替えがありますので、定期的な見学をすることです。計算上は、全ての展示入れ替えは16、7年かかるとも言われています。気長に見学する計画です。
 しかし、今回の旅行は日程が短く、その余裕はありませんので、最初から見学からは外していました。短い時間で慌しく見学しても、それは詮無いことです。
 もう1つの旅のテーマが総統選後の台湾の政情、世情でした。3月末の旅行の時は、丁度、総統選の開票結果が発表される時期と重なり、国全体が沸騰していました。日本では長く見られなかった光景です。「台湾旅行記3」に纏めておきました。
 日本では、長らくこのような光景を目にしたことはありません。おそらく、1960年や1970年の日米安全保障条約改定の時の政情、世情にまで遡るのではないでしょうか。日本国憲法の改正が俎上に上がっていますが、賛成、反対を巡って国民運動のレベルまで議論が沸くかどうか疑問に思えます。政治や国の仕組み、国の安全等に関して、完全に近いほど冷め切った国民になってしまったようです。世界の常識から考えると、少なからず背筋に冷たいものを感じます。
 今回の小旅行では、台湾の国政選挙、総選挙の真っ最中でした。総統選と併せ、国の行き先の大きな選択の時期を、目の当たりにすることが出来ました。
 総統選挙は陳水扁与党側の勝利、今回の旅行を終わってからのことですが、総選挙は連戦野党側の勝利に終わりました。台湾としては微妙なバランスで選択したようです。


<2004年11月21日(日)>
 
 今日が2泊3日の台北・烏来旅行の初日です。私の場合、この月は10月30日から11月7日までの9日間の上海・杭州旅行から戻って間もない次期でした。ほとんど同時に、中国本土と台湾旅行を経験できるのも貴重な経験です。実は、前にもこの経験をしたことがあります。この時は先に台湾の故宮博物館を見学し、その後で北京の故宮、紫禁城を見学した時でした。

<名古屋出発>
 はじめに、1日の休暇で3連休になることを書いておきましたが、この日は大変なラッシュとなりました。普段の旅行ですと、2時間前に空港に到着した後は、搭乗手続きを終えれば、無料シャトルバスで国内線ロビーに向かうところです。
 出発便は10時丁度発の日本アジア航空のEG283便でした。ゴールデンウィークを凌ぐような混み様でした。出発時間が迫った人達が「すみません、先に通してください」、「エクスキューズ・ミー」を連発して先を争っていました。空港係員の方も、トランシーバーを片手に大忙しでした。とうとう、「最後尾」の看板を持った係員まで登場でした。そんな状況でしたから、とても国内線に向かう余裕などありませんでした。
 混んではいましたが、4人ともスムーズに出国審査を終えました。何のトラブルもなかったようです。もし、国内線の方へ向かって、生ビールでも飲んでいたら、私達が「すみません、先に通してください」となっていたかも知れません。

<台北到着、ホテルへ>
 フライト時間は2時間半ほどです。短いものの、快適な空の旅でした。機内は、ほとんど満席でした。飲み物には、赤と白のフランスワインが用意されていました。実は、これが私流の機内サービスの判断基準です。ワインサービスがあればOKです。コップに注いでいただくより、小瓶のボルドーが用意されていれば、申し分ありません。
 HI*の現地係員の方とは直ぐに合流できましたが、かなりの時間待たされました。別の便で到着する人達を待ったためです。その待ち時間を利用して、Muさんと空港アクセスについての下調べをしました。次回以降の、旅行社を利用しない個人旅行のためです。
 実は3月の旅行の時に現地係員の方からリムジンバスなどの位置を聞いていましたから、その確認でした。切符売り場なども確認しましたが、空港の立地条件から言って、多くのバスが台北市内往きでした。漢字表記ですから、行き先や経過地の判読にも、心配がありませんでした。
 個人旅行の場合、後はホテル予約の問題です。こちらはインターネットでの予約も出来ますから、心配ありません。ただし、格安のホテルはインターネット申し込みができないようです。

<ホテル到着、MRTの一日券で出発>
 ホテルへチェックインする前に必ず避けて通れないのが免税店への立ち寄りです。これは、格安パック旅行の義務ですからお付き合いは仕方がありません。その免税店は、前にも何度か立ち寄ったことがある地下のお店でした。その時もHI*さんの格安パックでしたから、当然かも知れません。
 30分ほど免税店で時間を潰したあと、最初に私達のホテルに案内してもらいました。免税店からは、ハワードプラザの場合、いつも最寄のホテルになっているようです。現地ガイドさんも、我々の場合、完全自由旅行なのをご承知なので、ホテルのチェックインだけ手伝ってもらいました。帰りの日の時間だけを確認して、早々にお別れしました。
 『お迎えは、別の現地ガイドになるでしょう』
 と、言ったことも、いつも通りのことでした。
 短い旅程なので、ホテルは相部屋にして旅行費の節約をしました。人数が4人と偶数なのも好都合でした。部屋割りは、KwさんとMuさん、Ktさんと私の組み合わせとなりました。
 荷物を部屋に置いた後、直ぐに市内散策に出かけました。何しろ時間がありません。まずはMRTの最寄駅、忠孝復興(ツォンシァオ・フーシン)を目指して北へ向いました。駅までは10分とかかりません。何度も行き来した経路です。エスカレータで登った改札口で
 『ワンディ・パス プリーズ』
 と頼めば、筆談の必要もありません。その場で各人がサインをして、裏口の様なところから改札を通りました。ここも勝手知ったる通り道です。
 ワンディ・パスは、1枚150元です。3.5円/元で換算しますと、525円となります。初乗り料金は20元ですから、3、4箇所も観光地巡りや食事で移動すれば元が引ける勘定になります。それと、毎回切符を買い求める必要がないだけでも時間の節約になります。
皆さんの意見も一致しましたので、共用の財布の中から、600元を出して4枚買い求めました。ついでに私が会計幹事を引き受けました。
 共用の財布の中には、1万円づつ出し合った4万円と、Muさんから預かった旅行券の残金を足した5万円を両替した、1万5100元が原資です。旅行券の残金の一部は、既に名古屋空港で「円」で使用していました。付録に会計記録を纏めておきました。

<龍山寺>
 目指す最初の見学地は龍山寺(ロンサンスー)です。改札口を潜った後は、長いエスカレータに乗って、地下鉄の南港線まで一気に地階まで下ります。この東西に走る線路は、MRTでも一番乗降客が多い線路のようです。名古屋に例えるなら、地下鉄東山線と言ったところです。
 忠孝復興駅から3つ目が台北駅である台北車站(タイペイ・ツォーツァン)駅です。更にここから西へ2つ目の駅が、龍山寺駅です。途中、乗換えの必要はありません。乗車して、ほぼ10分の距離です。まだ明るいうちに到着しました。
 地下鉄駅から龍山寺までは歩いて5分ほどです。駅付近の再開発工事が進んでおり、足元は少し悪くなっていました。境内は、明るい内から参拝客で賑わっていました。赤暖簾のお店みたいに、「明るいうちから」などといった表現が適当かどうかは、知りません。夜になってライトアップされると、更に参拝客で混み合いますから、ついこんな表現になってしまいました。
 境内を散策し、記念写真を撮った後で、いったんは龍山寺に別れを告げました。この夜、ライトアップされたお寺を見学に、もう一度やって来る予定のためでした。

<華西街観光夜市、私の晩酌処、「伝統」>
 台北旅行の際に晩酌の定番のお店になっているのが「伝統」の看板が掛かった小さなお店です。華西街観光夜市の一角にあります。この店には、3月の旅行の時にも、何度も顔を出しましたから、場所は正確に覚えていました。それでも、今回は皆さんとご一緒なので、明るいうちに場所を再確認しておきました。もちろん直ぐに場所は確認できましたが、晩酌の時間には早過ぎました。
 場所を再確認した後は、華西街観光夜市の見学です。アーケード街には足裏マッサージの店も何軒もありましたから、ついでにその店探しも兼ねました。
 アーケード街や出始めた屋台のお店を見学しているうちに、次第と暗くなってきました。そろそろ、晩酌の時間になりました。晩酌が嫌いな人はいませんので、直ぐに話が纏まって「伝統」のお店に行くことになりました。話し合うと言うより、「阿吽(あうん)の呼吸」と言った方が正しいかも知れません。
 皆さんをお誘いして、お店のママが私のことを記憶してなかったら、格好が付きませんが、ちゃんと覚えてくれていました。少し大きめのテーブルの方で一人で座っていた人を小さい方のテーブルにママが移動させてくれて、広いテーブル席の方に着きました。席を譲ってくれた人には、ちゃんと「シェ シェ」とお礼を言っておきました。
 料理の注文は、いつも通りガラスのネタケースの素材を指差しです。直ぐに食べられる調理済みのつまみも含めて、5、6種類を選択しました。ビールは「タイワンピーチュ」で注文し、紹興酒はホテルのメモ用紙に漢字で書いたものを予め用意しておきましたので、筆談で注文しました。
 紹興酒の注文が、毎回これではいけませんので、中国語の読み方も勉強しておこうと思います。手元の中日辞典の発音表記は「シャォシングチィゥ」とあります。しかし、かなり発音が難しそうです。割り切って「シャオシンチュー」当たりの発音で通じないかどうか、試してみる積りです。でも、通じないと困るので、筆談の用意だけはして置こうと考えています。
 勘定を頼んだら、メモした料金と同時に、サービス品のデザートの蜜柑が出てきました。これも毎回のことです。請求は1900元でしたが、お釣りの100元はチップで渡しておきました。日本円に換算すれば、一人当たり1700円程の晩酌代でした。更に安い中国本土での料金も知っていますから、安いとはいえないかも知れませんが、旅行社を使った食事に比べれば、かなり格安のはずです。

<夜の龍山寺>
 ほろ酔い気分で、ライトアップされた龍山寺をこの日二度目の見学です。MRTの龍山寺駅への順路に当たりますので好都合です。このお寺にはいくつかエピソードがあります。その1つを、ガイドブックを参考にしながら記しておきます。一度だけ、現地ガイドさんからもお聞きしたことがあるエピソードです。
 『太平洋戦争の最中のことです。龍山寺は観音菩薩のご利益に授かろうとした人達の避難場所になっていました。空襲警報が鳴ると、周辺の住民が境内に集まってきたそうです』
 『ある夜、いつもは30〜40人は寝泊りする境内なのに、なぜか頭痛や、腹痛のために7〜8人か泊まっていなかったそうです。その人たちも、いつもになく蚊が煩いので、自宅へ帰って行ったそうです』
 『その時、米軍のB29爆撃機の来襲があり、総統府と間違えて龍山寺に焼夷弾を落としました。B29はレーダーを避けて、その日に限って海面すれすれに飛来し、空襲警報が鳴らなかったようです』
 『もし、空襲警報が鳴れば、自宅にいた人達が、何時ものように龍山寺に集まってきたかも知れません』
 『この時、龍山寺は石柱までが倒壊し、消失しましたが、人は、もぬけの殻だったため、死者は一人も出なかったそうです。また、木造の観音菩薩は蓮座に座ったまま無傷でした』
 『観音菩薩は、このことにより、より一層篤い信仰を仰ぐことになったと言われます。今も、その立派なお姿を拝観することができます』
 と、言ったエピソードでした。かつて現地ガイドさんにお聞きしたことでは、
 『このお寺で賽銭はいりません。寄進だけで有り余っています』
 と、言った話があります。この日も寄進された仏像絵などを無料で戴きましたが、その中でも、観音像が圧倒的に多くありました。棚に山積みされた、立派なお経の本なども寄進されたもので、自由に持ち帰ることができます。
 この夜、大きなお線香を戴いて、境内の各所を回って諸神に上げてきました。この赤いお線香も、お賽銭は無用です。Muさんは、手ごろなお経の本を探されていたようです。

<士林夜市見学>
 次の見学地は士林観光夜市です。MRTでは台北駅まで行き、そこからは南北の淡水線への乗換えです。台北駅からは北へ5つ目の剣潭(チェンタン)駅か、6つ目の士林(スーリン)駅が最寄り駅です。この日は、手前の剣潭駅で降りて、北に向かいました。
 私は何度か訪れましたが、Muさんは久し振りだったようです。KwさんとKtさんは初めてです。私の最近の印象を
 『付近に学校も多く、どちらかと言えば、若い人主体の夜市です」
 また、
 『食べるお店は沢山ありますが、飲む場所は少ないですよ』
 と、事前に伝えておきました。この日も家族連れや若い人で溢れかえっていました。
 晩酌の店が全くないわけではなく、探せば少しはあります。夜市見学の後に、その1軒に入りました。お店の先客で、日本語が堪能な方が見えましたので、少し賑やかな晩酌となりました。この日2回目ですが、歩いてお腹を空かせたところでしたから、仕切り直しの晩酌です。この時はお酒は少し控えて、ビールだけにしておきました。
 晩酌を終えての帰りは、北へ歩いて士林駅を目指しました。ところが、進路を少し西へ振りすぎたらしく、一向にMRTの駅が見えてきません。そこで、今度は南下をしてMRTの駅を探しました。本当は、道に迷うような場所ではありませんが、2回目の晩酌が効いたのかも知れません。

<中正紀念堂見学>
 本日最後の見学地が中正紀念堂(ツォンチョン・チーニェンタン)です。この見学は完全に日が落ちてからでした。昼間の衛兵交代儀式は観光スポットですが、夜は閑散としていました。蒋介石元総統を記念する公園と建物があります。
 3月の総統選挙の際は、野党支援の人達の拠点として緊迫感がありましたが、この夜はまるで人影がありませんでした。夜は寂しくなり過ぎて、若い人達のデートスポットとしても敬遠されているようです。
 正面の「大中至正」の掲額がある門から入場しました。この文字は「何事にも中庸が正しい」の意味で、蒋介石の筆になるものです。敷地の広さは25万平方メートルとされます。仮に南北の幅を250mと仮定しますと、東西の奥行きは1kmとなる規模です。幅が300mとすれば、800m余となります。
 そんな広い敷地ですから、遠くに中正紀念堂らしき明かりは見えましたが、そこまで歩くのは止めました。往復で1.5km程は歩くことになりそうなためです。芸文広場の先にある瞻仰大道と呼ばれる部分だけでも480mあります。
 この日はMRT一日券の有効活用を兼ねて、夜の中正紀念堂の見学でした。国際飛行場の名称にも使われている「中正」は蒋介石の号です。先に示しておきました「大中至正」から選択された文字かも知れません。以前、そのような説明を、ガイドさんから聞いたような記憶もあります。

<オールドパーでの反省会>
 夜は、名古屋空港で手に入れてきたオールドパーで反省会です。特別に反省をすることも見当たりませんが、ともかく、反省会です。正確に言えば反省会という名の本日最後の飲み会です。つまみは屋台で焼き栗などを少し手に入れてきました。
 反省会はさておいて、翌日の計画を相談しました。その結果、早く朝食を済ませて、朝一番に烏来(ウーライ)見学に出かけることにしました。これは予定通りの行動です。烏来は私も初めての見学地なので楽しみにしていました。明日は、この地に棲む先住民族であるタイヤル族の民族舞踊の見学も楽しみです。


  機中で
 旅の友オールドパーをこの度も携え友と空に飛立つ

 台湾の北端左に旋回し疎らな雲を見つつ降行く

 この春の総統選の熱冷ぬ年の瀬近き国会選挙

  龍山寺で
 人々の篤き信仰弥増して供えは溢れ香煙尽ず


*手造り旅行記<台湾旅行記4・台北、烏来を訪ねて>の元資料の本文目次です。

<目 次>

<はじめに>
旅行計画(1)
旅のメンバー(2)
台北旅行のポイント(2)
私の旅のテーマ(3)

<2004年11月21日(日)>
名古屋出発(4)
台北出発、ホテルへ(5)
ホテル到着、MRTの一日券で出発(5)
龍山寺(6)
華西街観光夜市、私の晩酌処、「伝統」(7)
夜の龍山寺(8)
士林夜市見学(9)
中正紀念堂見学(10)
オールドパーでの反省会(10)

<2004年11月22日(月)>
ホテルの朝食、新店へ(12)
烏来へ(13)
トロッコ電車(14)
先住民族舞踊(15)
烏来商店街の中で昼食(16)
淡水へ(16)
西北端でのフェリー遊覧(17)
淡水河沿いの散策路(18)
新北投温泉街(18)
今日は早めに足裏マッサージ(19)
今日は違ったお店で晩酌(19)
夜はやっぱり反省会(20)

<2004年11月23日(月)>
総統府見学(22)
はじめと終わりは免税店で(23)

<おわりに>
謝辞(25)


*写真目次です。

<写真目次>

名古屋出発(1)
台北到着(3)
龍山寺見学(6)
華西街観光夜市見学(7)
行きつけの店での晩酌(9)
夜の龍山寺見学(11)
士林夜市見学(13)
中正紀念堂見学(20)
11月22日、ホテル近くで(26)
烏来へ(27)
烏来到着(31)
烏来の商店街(34)
先住民族村へ(36)
先住民族、タイヤル族舞踊観劇(42)
烏来での昼食(51)
淡水へ(53)
新北投温泉街(80)
再び華西街観光夜市へ(88)
ホテル出発(94)

<付録1> 総統府参観記念絵葉書(99)
<付録2> 総統府参観パンフレット(102)
<付録3> 歴代総統文物展パンフレット(108)
<付録4> 金門島関係資料
<付録5> チケット、領収証類
<付録6> 会計記録

【旅行時期】2004/11/21~2004/11/23
【エリア】台北
【テーマ】
【投稿者】旅人のくまさん

2008年ブルガリア旅行第7日目(5):ドリャノヴォ僧院とバチョ・キロ洞窟(by まみさん)

判断基準
ドリャノヴォ僧院は、現地旅行会社の担当者と旅程を相談しているときに候補に挙がってきた僧院です。
ブルガリアのハイライトともいえるヴェリコ・タルノヴォ近郊のバルカン山中にあり、担当者が日程に組み込んだバルカンの村々から近い、観光客に人気の僧院だそうです。
今回のブルガリア旅行では、前半、ガイドと車を個人チャーターした利点を生かし、ブルガリアの山村の1人旅ではアクセスしづらい僧院めぐりも期待していました。だから、新たな候補は好都合でした。
ただし、よく知らない僧院だったので、立案中に見つけたブルガリアの修道院を紹介するサイトでチェックしてました。
そこに載っているくらいなら、見学する価値がありそうだ、というアバウトな判断基準にしていたサイトです。

ブルガリア修道院のサイト
  • http://www.bulgarianmonastery.com


  • ドリャノウォ僧院は、ブルガリア史では一番有名ともいえる革命家ヴァシル・レフスキーが拠点にした僧院のひとつであり、ここで対オスマントルコの戦いがあったことでも重要な史跡といえるそうです。
    しかしミーハーな観光客にとってのこの僧院の魅力は、まずはそのロケーションでしょう。
    地震の国ニッポンでは考えられない、見事な絶壁断崖のすぐそば。
    建物の美しさはもちろん、リラ僧院を含め今まで訪れた山村の僧院の中でも、とりわけ周辺の景観に魅了された僧院でした。

    教会内は、10.00レヴァ払えば内部撮影可能でした。
    ただ、このときは、今回のブルガリア旅行で、今まで教会内部ではほとんど写真が撮れなかったのに、ここだけ頑張っても仕方がない、という気がしてしまい、断りました。
    そうでなくても、個人ガイド&車をチャーターした田舎めぐりのため、今回の旅行では今まで以上にたくさんの写真をすでにゲットしているので、教会内部の写真はいいや、という気になってしまったのです。
    それに、ブルガリアの物価から考えると、10.00レヴァの撮影代はかなり割高でした。
    貴重な文化遺産の保護のため寄付と思えば安いかもしれませんが。
    (ちなみに、2008年7月現在、1レヴァ=約0.5ユーロ、1ユーロ=約170円で換算しています。)

    でも案の定、帰国後時間がたつと記憶も薄れ、10.00レヴァでも写真を撮っておけば良かったと残念になりました。
    他の正教会の例にもれず、内壁は、フレスコ画のすばらしいキャンバスとなっていましたから。
    実際、翌日訪れたソコロヴォ僧院では、10.00レヴァ払って写真を撮りました。

    バチョ・キロ洞窟は嬉しいオマケでした。
    ドリャノヴォ僧院のそばにそのような見どころがあるとは知りませんでした(あとでLonely Planetをひっくり返してみたら、きちんと紹介されていました。辛口なひとこと批評つきで)。
    本日の予定が思ったより早く終わり、宿に引き上げるにはまだ早かったので、ガイドが提案してくれたのです。
    洞窟見学は好きです。
    ただし、観光客向けにインフラが整っている、ハードルの高くない洞窟に限ります@

    バチョ・キロ洞窟は、バチョ・キロという革命家が隠れ家にしたためたそのように命名されたようですが、先史時代から人が住んでいた痕跡も発見されており、巨大なホラアナグマの骨が発見されたことでも世界的に有名になったことがあるそうです。
    まあ、そういう発見物は得てして見つけた洞窟で公開されていることはなく、博物館などで大事に保存されているものですけどね。
    ホラアナグマの骨も、それを発掘した外国の探検団の自国に持ち去られてしまったようです。
    また、3層にわたる一番広いホールは音響効果がすばらしいため、コンサートが行われたり、ラジオ放送用の録音が行われたこともあるそうです。
    というわけで、あまり大きな期待をせずに出かけたバチョ・キロ洞窟ですが、そういうウンチクより、洞窟までの緑豊かな山沿いの散策道や、美しい鍾乳洞はとても満足できるものでした。

    【旅行時期】2008/07/12~2008/07/12
    【エリア】その他の観光地
    【テーマ】
    【投稿者】まみ

    台湾(台北)2回目【2】宿泊ホテル「アリストクラッツ(豪爵大飯店)」と搭乗機「CATHAY PACIFIC(キャセイパシフィック航空)」(by ぐっちぃさん)

    判断基準
    今回の格安ツアーで割り当てられたホテルと利用した飛行機(エコノミー)。
    格安ツアーで割り当てられるホテルの場合、インターネットで検索かけても情報が少ない場合がほとんど。
    良い悪いの判断基準も、その人の感覚に拠りけりだと思うので、できるだけ写真を撮って、客観的にご報告できればと思います。(私の場合、お値段重視、ホテルに望むものはあまりないので、よほどでない限りホテルに不満はないです。)

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜・〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜・〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
    利用航空会社:CATHAY PACIFIC(キャセイパシフィック航空)
    出発便:8月29日(水)CX451
    (15時50分 成田発−18時30分 台北桃園国際空港着)
    帰国便:9月01日(土)CX450
    (12時50分 台北桃園国際空港発−17時15分成田着)

    宿泊ホテル:アリストクラッツ(豪爵大飯店)
    [台北市農安街157号]
  • http://www.aristocrat.com.tw/web66/askr/Home?_fcmID=701165

  • 【旅行時期】2007/08/29~2007/09/01
    【エリア】台北
    【テーマ】
    【投稿者】ぐっちぃ

    北部ドイツの旅 〜 港町、ハンブルク 〜(by 旅するクマーさん)

    判断基準
    北部ドイツは、南部ドイツの明るさはないけど、どっしりとしていて、なんか信用できるなって感じ。

    街々の作りも、しっかりとした中にそれぞれの個性が光っているの。

    ハンブルグは都会。

    文房具屋さんが充実している街がドイツでのクマーの都会かどうかの判断基準。
    根拠はない。



    〜 Hamburg 〜

    【旅行時期】2006/11/~2006/11/
    【エリア】ハンブルク
    【テーマ】
    【投稿者】旅するクマー

    エーゲ海クルーズ写真集【103】心の自由を求めるためには自分を律すること(by ソフィさん)

    判断基準
    2006年3月14日(火)

    ドゥオモ前の広場の空気に、なぜかのびのびとした自由を感じた。

    驚いたのは、若者の多いことと、その活発さだった。
    まるで学校の、運動場のようだ。

    かけっこどころか、サッカーをやっている者までいる。
    だが、「○○やるべからず」の立て看板は、あまり見当たらない。

    彼らは、どこまでやってもいい、これ以上はだめという、自分を社会の中で律する判断基準を、持っているようだ。

    各自の自由を最大限に認めながら、他人の自由は侵さない。
    お互いの自由の合計値を最大にする、知恵があるのではないだろうか。

    このあたりのバランス感覚は、教育の結果だろう。
    さすが「クオレ」の国と、感心する。

    日本の若者には、元気さが失われているのではないだろうかと、考える。
    大人が若者におとなしくしていることを、自分の判断でなく、強制的に求めているのではないだろうか。

    ドゥオモが窓越しに見える、カフェに入った。
    心なしか、客が洗練されている。

    服装はもちろんだが、態度や動作にも慎み深い品性が感じられる。
    これも、いつの間にか、日本に欠けてしまったものではないだろうか。

    日本は他人を悪者にするばかりで、自分の責任を忘れているのではないだろうか。
    自分のために、自分の行為を、自ら律することの大切さを、見失っていはしまいか。

    本場のコーヒーとケーキ、そしてカフェにはやや場違いの感じだが、スパゲッティ・ボンゴレを食べる。

    ミラノの名物料理には、薄切りの子牛のカツ(スカロッピーナ・アッラ・ミラネーゼ)や、ミネストローネなどがあるが、今日は食べる時間がない。

    もう一度ドゥオモをゆっくり眺めて、地下鉄でホテルに戻る。

    【旅行時期】2006/03/14~2006/03/14
    【エリア】ミラノ
    【テーマ】プチ留学・カルチャー体験
    【投稿者】ソフィ

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    価値の判断基準が自分の外にある人間は表現者になれない?

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    価値の判断基準が自分の外にある人間は表現者になれない?

    価値の判断基準が自分の外にある人間は表現者になれない

    http://d.hatena.ne.jp/next49/20090222/p2 価値の判断基準が外にある 人間 は、自分の内部にあるものが外に問うだけの クオリティ に達しているかを常に悩んでしまい表現を外に出せない。 pixiv 見てると敷居の高さに戸惑うけど 最初の一歩を踏み出さ ...

    価値の判断基準が自分の外にある人間は表現者になれない

    [研究][発声練習] 価値の判断基準が自分の外にある人間は表 ...

    ... 自分の判断基準からしてどうでも良いことならば、間違えたって直してより良いものにしていけば良いだけだから。自分の判断基準からして重要な間違いならば凹むかもしれないけどね。でも、一度背骨を作り上げている人ならば、背骨自体を強化したり ...

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    記事の中味は読んでないけど、「価値の判断基準が自分の外にある人間は表現者になれない」――いい言葉だ。

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